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大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)19号 判決 1967年7月18日

原告 株式会社星屋電気商会

被告 西税務署長・大阪国税局長

訴訟代理人 川井重男 外三名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、双方の申立

原告の申立

(1)、被告署長が昭和三八年三月三〇日原告三六年六月一日より昭和三七年五月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という)の法人税についてなした更正決定のうち土地交換による圧縮記帳否認分金三五、三一一、五五一円に関する部分はこれを取消す。

(2)、被告局長が昭和三九年二月二八日原告の本件事業年度の法人税の更正決定に対する審査請求について右請求を棄却した裁決を取消す。

(3)、訴訟費用は被告等の負担とする。

被告等の申立

主文同旨

二、双方の主張

(一)、原告の請求原因

(1)、原告は昭和三七年七月三一日、本件事業年度の法人税についてその所得額を一、九八三、四七六円、法人税額を金六七五、九四〇円として確定申告した。

被告署長は昭和三八年三月三〇日本件事業年度につき、所得額三九、二一九、六〇二円、法人税額一六、四七二、〇一〇円、過少申告加算税七八九、八〇〇円、とする更正決定及び賦課決定の各処分をなしその頃原告に通知した。

原告は昭和三八年四月二五日被告局長に対し右処分に対する審査請求をなした。被告局長は昭和三九年二月二八日右審査請求を棄却する裁決をなし、同年三月一日その裁決書を原告に送達した。

(2)、被告署長の右処分は違法である。

(い)、昭和三六年五月頃不動産売買等の仲介業者である川上土地株式会社(以下単に川上土地という)は原告に対し、当時原告が本店営業所として使用し所有していた別紙目録(一)記載のA物件とその東隣に原告の代表取締役山上正夫(以下単に山上という)が所有していた北区堂島浜通一丁目八〇番地の四の宅地及び同地上の建物(以下単にC物件という)とを共に売却するように申出をなした。しかし原告は売却した場合に多額の法人税を納付しなければならぬこととその代替物件(土地建物)の再購入が困難であることを理由に、右申出を拒絶した。ところが、その後川上土地は原告に対し原告の希望する土地建物と交換する場合は法人税を納めなくともよく、再購入の困難もなく、ただ登記料と移転等の費用を双方で負担すればよいから、と交換を勧誘し、最後にその候補物件として、九州採炭株式会社(以下単に九州採炭という)が大阪営業所として使用所有していた別紙(一)記載のB物件をあげたので交換に同意することとした。

原告はA物件と九州採炭のB物件とをそれぞれ等価交換し山上のC物件は売却するということを基本にして一緒に話を進め、結局昭和三六年八月三〇日川上土地の仲介で原告はA物件を以て九州採炭のB物件と交換する契約をなし、B物件の引渡を受けた、その際川上土地の仲介で山上は株式会社大林組にC物件を金三七、一二七、〇〇〇円で売却する契約をなしその引渡を了した。原告は川上土地に対し交換仲介の手数料金二五〇、〇〇〇円を支払い、山上はC物件の売却手数料五〇〇、〇〇〇円を支払つた。

しかるに、川上土地はB物件につき交換契約の翌日たる昭和三六年八月三一日九州採炭から同月二一日の売買を原因として自己のために所有権移転登記をなし、同年九月一九日に、同月一六日の交換を原因として、原告のために所有権移転登記をなした。しかし原告は本来川上土地の仲介によつて交換により九州採炭からB物件を取得したものであつて、川上土地から取得したものではない。

そこで原告は引渡を受けたB物件上に防火地区に適合し、使用に便利な四階建鉄筋コンクリート建物を建築して、譲渡前のA物件の用途と同一の用途である営業所兼倉庫の敷地として使用している。右土地の価額は金三五、三一一、五五一円である。それで原告は昭和三七年七月三一日被告署長に対し本件事業年度の法人税の確定申告において、B物件につき金三五、三一一、五五一円を法人税法施行規則(以下単に規則という)第一三条の六の規定に従つて財産目録に圧縮記帳し、それに基いて所得額を申告したのである。この実情を誤解し、右規則の解釈を誤つてなした被告署長の更正処分は違法であるる。

(ろ)、原告が取得したB物件が九州採炭からではなく、交換のために取得した川上土地から取得したものとして規則第一三条の六の圧縮記帳が許されないというならば、予備的に本件交換契約は要素の錯誤があつて無効であると主張する。すなわち、原告が交換をなすに至つた事情は前記の通りであつて、交換であつても多額の税金が課せられることになるならば交換しなかつたのである。しかも当初から法人税が賦課されない旨を川上土地は原告に対して表示していた。このことは原告が本件交換をなすに至つた縁由であり動機ではあるけれども当事者がこのことを表示し、これを基礎として交換をなしたものである。それで表示された動機は意思表示の内容となり相手方も充分知つていたのであるからその範囲内における錯誤は法律行為の錯誤となる、それで原告のA物件と川上土地のB物件との交換契約は法律行為の要素に錯誤があつて無効である、そうすると、原告はA物件を失わず、B物件を取得していないから原告には法人税を賦課される理由がない。被告のなした本件更正処分は違法であり、当然取消さなければならない。(なお原告は昭和四〇年七月三一日に川上土地に対し右の錯誤による無効を理由としてA物件に対する所有権移転登記抹消登記手続等の請求の別訴を提起しているのである。)

(3)、被告局長の審査裁決は違法である。

(い)、原告は被告署長のなした更正処分等に不服であつたので、昭和三八年四月一八日被告局長に対し審査請求をなしたところ、被告局長は昭和三九年二月二八日、本件の交換の実情を誤解し法人税法施行規則の解釈を誤るという被告署長と同一の違法を犯して原告の審査請求を棄却したものである。

(ろ)、行政不服審査法第四一条第一項により裁決に理由の附記を要するとした趣旨は、審査請求に対する裁決の根拠を具体的に明らかにすることにより判断の慎重を期し、審査機関の恣意を封じ、公正を保証し、無用の争訴を未然に防止し、原告等国民をして、生業に安ぜしめるにある。そして理由附記の程度もその記載自体によつて原処分を正当として維持した判断の根拠を請求人たる原告の不服の事由に対応して結論に至る過程を具体的に記載し、原告をはじめ一般人をして一応その理由を理解せしめるに足る程度のものでなければならない。

しかるに、本件審査の裁決には、その理由として「請求法人申立ての交換は交換のために取得したと認められる資産を交換により取得したものである。従つて法人税法施行規則第一三条の六第一項の規定により、交換により取得した資産の圧縮額の損金算入を否認した原処分は相当である。」と附記したのみである。如何なる物件を取得したのか、それがどうして交換のため取得したものと認定したのか等については何ら言及していない。このような理由附記では法規の条文をそのまま転記したものであつて、前記の要件を充足しない不備のものであつて、理由を附したことにならないのであつて、審査の裁決にはこの点においても違法がある。

(二)、被告等の答弁及び主張

(1)、答弁

原告主張の請求原因のうち、その(1)の事実、川上土地が不動産の売買及び仲介を業とするものであること、原告主張日時にその所有のA物件を譲渡し、B物件を取得する交換がなされたこと、被告署長が原告の圧縮記帳(記帳分金三五、三一一、五五一円の損金算入)を否認したこと、B物件について原告主張日時に主張の如き所有権移転の登記が経由されていること、原告がその取得したB物件を譲渡前のA物件の用途と同一の用途たる原告の営業所兼倉庫の敷地に使用していることは、いずれも認めるがその余は争う。

(2)、被告等の主張

1、本件課税の経過及び更正処分の適法性

(い)、原告は本件事業年度の法人税について昭和三七年七月三一日別紙目録(二)記載の通りの確定申告書を被告署長に提出したが、同申告書の記載の所得金額等は被告署長において調査したところと異なつており、その申告の所得金額に交換による圧縮記帳の否認金三五、三一一、五五一円及び、その他の否認金を加算すべきもの(申告の所得額一、九八三、四七六円にその他の否認金を加算した所得額は三、九〇八、〇五一円=原告の審査請求額となる=これに圧縮記帳分三五、三一一、五五一円を加算すると所得額は更正処分における三九、二一九、六〇二円となる)と認められたので被告署長は昭和三八年三月三〇日国税通則法第二四条に基づいて本件更正処分(別紙目録(二)記載の通りの)をなしたものである。

(ろ)、原告は本件更正処分について昭和三八年四月二五日被告局長に対し別紙目録(二)記載の通りの審査請求をなしたが被告局長は大阪国税局協議団の議決に基づき昭和三九年一一月二八日右審査請求を棄却した。

(は)、交換による圧縮記帳分三五、三一一、五五一円の否認について、

a、原告は昭和三六年八月三〇日自己所有のA物件を川上土地の所有するB物件と交換契約をなした。そして交換により取得したB物件の帳簿価額を法人税法施行規則(以下規則という)第一三条の六により譲渡したA物件の帳簿価額に右交換に要した経費を加えた金額三、六〇七、三四九円に圧縮して財産目録に記載した。

b、しかしながら規則第一三条の六によつて圧縮記帳が認められるのは交換により取得した資産(本件ではB物件)が交換のために取得されたものでないことを要するところ、右B物件は川上土地が本件交換のために取得したものである。すなわち、川上土地は不動産の売買及びその仲介を業とするものであつて、昭和三六年七月二九日九州採炭とB物件の売買契約(価格三八、五四三、九〇〇円)を締結し、同年八月一九日代金を決済し、同月三一日に同月二一日の売買を原因として、所有権移転の登記を了した。川上土地はB物件を自己の固定資産として使用することなく、しかも取得後一月たらずのうちに、これを原告が所有するA物件と交換したのみならず交換により取得したA物件を自己の使用に供することなく直ちに株式会社大林組に売却した。右の通り原告が交換により取得したB物件はその交換の相手方である川上土地が本件交換(A物件との交換)のために取得したものである。だからして、被告署長は本件交換が規則第一三条の六第一項の括弧のうち書交換のために取得したと認めるものを除くに該当するものと認め、原告の圧縮記帳を否認し、その記帳分金三五、三一一、五五一円を益金に加算したものである。

c、原告の法律行為の要素の錯誤による本件交換の無効の主張について、

原告が本件交換契約について租税が免除されると信じて交換契約を締結したというのは、被告署長の関知するところではないが、仮にそのようなことがあつたとしても、それは契約締結に至る動機に止まり、右契約に何ら表示されていないから、錯誤を論する余地はない。また仮に租税が免除されるということが交換契約に表示されていたとしてもそれが契約の要素になつているとは認められないから錯誤は成立しない。

2、審査裁決の適法性について、

a、原告は、被告局長が原処分を認容して審査請求を棄却した裁決は被告署長と同様、事実を誤認し規則の解釈を誤まつた違法があるというが、これは裁決固有の違法を主張するのでなく、原処分の違法を理由として裁決の取消を求めるもので行政事件訴訟法第一〇条第二項によつて許されない。

b、審査裁決に記載する附記理由の程度は審査請求人の不服事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにすれば足りるものである。原告は被告局長宛の審査請求理由書において、「A物件とB物件との交換取引には一切の金銭授受はなく、又取得資産は譲渡資産と同一の用途に使用しており、この取引により所得は生じていない」旨を不服の事由としているところ、右不服の事由に対し「原告が本件交換により取得した資産は交換のために取得された資産であるが故に本件交換は法人税法施行規則第一三条の六に定める圧縮記帳の要件を欠くものであつて原処分庁が圧縮記帳による損金算入を否認した処分は妥当なものである。」旨を明らかにしているのである。右の通り本裁決の理由は不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしているものであつて、行政不服審査法第四一条の求めるところを必要かつ十分に満たしており何ら違法な点はない。

(三)、被告等の右主張に対する原告の認否、

課税の経過のうち、(い)、(ろ)の課税の経過の事実はすべて認める。その他の主張事実に対しては原告の主張(請求原因において)に反する点は争う、要するに圧縮記帳分三五、三一一、五五一円の圧縮記帳が否認されたことのみを争うものである。

三、双方の立証<省略>

理由

一、原告主張の請求原因(1)の事実、本件事業年度における本件課税の経過(被告等主張の1の(い)、(ろ)の事実)、従つて原告の確定申告の所得額が金一、九八三、四七六円であつたこと、これに加算すべき金額(圧縮記帳分三五、三一一、五五一円を除き)を加算した所得金額が金三、九〇八、〇五一円(審査請求額でもある)であること、はいずれも当事者間に争のないところである。

二、そこでまず、原告主張のA、B物件の交換につき圧縮記帳(金三五、三一一、五五一円)が許される場合に該当するかについて判断する。

ところで、交換について圧縮記帳の許される場合は、本件交換当時(昭和三六年)施行の法人税法施行規則第一三条の六によると、交換における譲渡資産(本件ではA物件)は法人が当該事業年度において一年以上有していた固定資産のうち土地、建物(他は省略)であるとき、交換による取得資産(本件ではB物件)は譲渡資産と種類を同じくする資産であるとき、しかもその取得資産は譲渡資産の譲渡直前の用途と同一の用途に供したとき、取得資産は他の者が交換のために取得したものでないときに限ることが明らかである。取得資産が交換のために取得したものと認められるときは交換といえども所得税の課税はなされ、規則第一三条の六の圧縮記帳は認められないこととなる。

本件において、原告がその所有のA物件とB物件とを本件事業年度において交換したこと、A物件は原告が自己において一年以上(従前から)所有していた固定資産の土地、建物であること、原告が交換により取得したB物件は譲渡資産(A物件)と種類を同じくする資産であり、かつ譲渡資産の譲渡直前の用途(原告の営業所兼倉庫の敷地)と同一の用途に供したこと、川上土地が不動産の売買及び仲介を業とするものであること、はいずれも当事者間に争のないところである。

しかし成立に争のない甲第一、二号証、同乙第一、四号証、証人山田茂の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証(官署作成部分は成立に争ない)乙第三号証及び証人山田茂の証言、同査木直一、同山上俊夫(第一、二回)の各証言の一部原告代表者山上正夫の尋問の結果の一部、、弁論の全趣旨によると、「川上土地は不動産の売買及び仲介を業としているものであるが、昭和三六年三、四月頃株式会社大林組(以下単に大林組という)から原告所有のA物件及びその東隣りのC物件辺の土地の買収方を懇請されたのでその頃原告に対しその売却方を交渉したが、原告は代替物件の再購入難や税金問題などのことからこれを拒絶したが、交換ということで税金問題も考慮され、代替物件入手も解決できるなればこれに応じてもよいと承諾するに至つた。それで双方交渉の末原告は昭和三六年七月二八日その所有に係るA物件を、原告代表者山上正夫個人はその東隣に所有していたC物件を一緒に川上土地に譲渡しその代替物として川上土地からB物件を譲り受ける旨を記載した承諾書を川上土地に差入れた。そこで川上土地は原告に譲渡すべきB物件を買収するため、この承諾書によつてこれらの物件購入資金を大林組から出捐させることとし、同年七月二九日九州採炭から代金三八、五四三、九〇〇円でB物件及び同地上木造瓦葺二階建事務所一棟(建坪二四坪七合五勺、二階坪一一坪)を買受け即日手附金五、〇〇〇、〇〇〇円を、同年八月一九日残金三三、五四三、九〇〇円を支払い、その頃右物件の引渡を受け同年八月三一日に同月二一日の売買を原因として自己のために所有権移転登記を了した。もちろん当時九州採炭は財政難のため右物件の換金のみを考え、その代替物件の購入などは考えていなかつた。そして川上土地は同八月三〇日自己において買受けた物件のうちB物件を自己の所有するものとして原告に、原告はまた、その所有するA物件を川上土地に、それぞれ提供して、A、B物件の所有権を交換するとの契約をなし、B物件につき原告のために同年九月二〇日に同月一六日の交換を原因とする所有権移転の登記をなしたものである。川上土地はその際原告代表者山上正夫個人のC物件をも一緒に譲受けたが、A物件もC物件も自己において使用することなく買取方の懇請者であつた大林組に売却した。」ことが認められる。

右の事実からみれば、九州採炭は当時財政難のため換金のみを目的としてその所有であつたB物件を川上土地に売却し代金を受領したものであるし、不動産の売買及び仲介業者である川上土地は原告の所有するA物件と交換するために九州採炭から現実に代金を支払つてB物件を買入れ、原告が所有していたA物件と交換し、A物件はすぐに大林組に売却したのであつて、川上土地は原告所有のA物件と交換するためにB物件を取得したもので、原告はこの交換のために取得したB物件を交換によつて取得したものというべきである。従つて、この際は規則第一三条の六の圧縮記帳の許される場合に該当せず交換取得資産について圧縮記帳(金三五、三一一、五五一円)は認められないところである。

もちろん、証人青木直一、同山上俊夫(第一、二回)の各証言、及び原告代表者山上正夫の尋問の結果中には、原告は川上土地の仲介で、課税されない交換(圧縮記帳の許される交換)を考え実際上は九州採炭とそれぞれの所有するA物件とB物件とを等価額で交換する契約をなした趣旨の供述があるが、事実は前認定の通り交換のためB物件を取得した川上土地との間において交換がなされたのであつて、右供述は採用できない。他に前記認定を左右するに足る証拠がない。

三、ついで、原告主張(予備的)の本件交換契約は要素の錯誤で無効である(すなわち、無効の結果、原告はA物件を失わず、B物件を取得していないから本件更正処分等は違法となる)旨の点について判断する。

証人青木直一、同山上俊夫(第一、二回)の各証言、原告代表者山上正夫の尋問の結果を総合すると、原告がその所有のA物件を売却して、その代替物件を取得するとA物件を売却したことによつて、その売却取得金について法人税を支払わなければならないから昭和三六年五月頃当初川上土地から売却方の申出のあつたとき、これを拒絶したが、川上土地から代替物との交換であれば租税の支払は免除される制度があり、支払わなくてもよい旨説かれ、これを信じて交換するようになつたことが窺われる。しかし事実上は前記認定の如く原告は昭和三六年八月三〇日自己の所有するA物件と当時川上土地から交換のために取得したB物件と川上土地と交換するに至つたものである。いま原告がこの交換契約に際し、この免税がなされることを契約の要素に表示したのか、または、単に免税がなされることを原告が契約する動機としていたにすぎなかつたか否か、要するに交換契約は錯誤により無効であつたかどうかの認定はしばらく措いて、仮に法律行為の要素に錯誤があつて無効であるとして考察してみることとする。無効な法律行為において、その当初から当事者間においてその行為に基づく経済的成果が何ら発生していないときは現実において税法上の収益とみらるべきものが発生も存在もしないのであるから課税の問題は起り得ない、もし何らかのために課税がなされたとすればそれは当然違法として取消さるべきものとなるであろう。もし、その行為に基づいて何らかの経済的成果がすでに発生しており、しかもそれがなお存続している場合は収益が現に生じているのであるから税法上の収益(担税力ある)があつたものとして課税の対象となると考えるのは当然である。行為の無効の事実が確定され、しかもその行為の無効であることに基因してすでに生じた経済的成果が失われたとき、または、失われたと同視すべき状態になつたとき、はじめて、税法上の収益としての課税の対象はなかつたことになるであろう。そのときにおいて、すでになされた課税処分に対する適切な処置(例えば、特別更正の申立、課税処分の取消など、)が考慮されなければならないであろう。

ところで、本件においては、交換行為の当時契約の当事者である原告と川上土地の間においてその無効(錯誤による)であることが確認(確定)されておらず、すでに有効なものとして行為に伴う経済的成果を生ぜしめられたのである。それは前記認定の通りで、原告はA物件の所有権を川上土地に移転してその引渡をなし、その交換として、川上土地から川上土地が交換のために取得したB物件の所有権を得て、その移転登記を受けて現在に至つているのであるし、成立に争のない乙第一号証及び原告代表者山上正夫の尋問の結果によると、原告は昭和三六年九月末頃川上土地からB物件の引渡を受け同地上に四階建鉄筋コンクリート建物を建築して原告の営業倉庫として現在に至るまで使用しているのであつてその経済的成果が存続しその利益を依然亨受していることが認められるのである。原告は本訴においてはじめて本件交換契約はその法律行為の要素に錯誤があつて無効であると主張しているのであるが、被告等はこの無効を争うのである。しかるに、原告は、当事者である原告と川上土地の間においてすでに無効である事実が合意によつて確認(確定)されているとか、或は裁判(判決、和解、調停など)によつて確定されていることとか、また無効な行為によつて生じた経済的成果が行為の無効であることに基因して失れたこと、などについては何等の立証もしないところである。もちろん、成立に争のない甲第一号証及び原告代表者山上正夫の尋問の結果によると、原告は錯誤による無効を主張して、川上土地に対し、B物件とA物件との交換の無効なることの確認、A物件につき川上土地のための所有権移転登記の抹消登記手続を求め、九州採炭に対してはB物件につき交換を原因とする原告のための所有権移転登記手続を求めるため、昭和四一年一月大阪簡易裁判所に和解の申立をなしたこと、また、その頃川上土地に対し右と同旨のことを求める訴訟を大阪地方裁判所に提起したことが窺えるのであるが、これだけでもつては、無効なることの事実の確定されたこと、その結果経済的成果が失われたことを認めることはできないところである。かえつて前記認定の通り原告は本件交換契約により生じた経済的成果を保有し、その利益を現に亨受しているのであるから税法上の収益が依然存するものとするべきは当然である。だからこのような見地からみてくると、当事者間において無効の事実の確定されていること、従つてこれに基づく既成の経済的成果が失われたこと、またはこれと同視しされ得る状態にあること、の主張立証を要するものと解せられるところ、本訴においては単に錯誤による無効のみを主張し立証せんとするだけであつて、これだけでは充分ではない、から本件においては錯誤による無効か否かの点について判断するまでもなく、この点に関する原告の主張は理由のないところである。

もし、原告の主張する錯誤による無効の事実が原告と川上土地の間において確定(判決、和解、調停、合意であるとを問わない)され、これに伴つてすでに発生していた経済的成果が行為の無効であることに基因して失われたとき、すなわち、本件交換が錯誤により無効な行為として確定されA物件とB物件とが交換のない状態に復帰、もしくは、それと同等な成果にまで復帰したとき、そのときは、すでになされた本件の更正処分はその基礎を失うことになり課税上の調整をなす必要の生ずるのは当然である。所得税法(現行)第一五二条、同施行令第二七四条によつて原告は特別減額更正の申立ができるはずである。

以上二、三において述べた通りだとすると、被告署長が次の所得額計算に基づいてなした本件更正処分には違法な点はない。

(一)、確定申告の所得額     一、九八三、四七六円=原告認む

(二)、右所得額に被告署長が加算すべきものとした額で原告の認めた額を加算した額(審査請求額と同額である)     三、九〇八、〇五一円=原告認む

(三)、圧縮記帳の認められない額 三五、三一一、五五一円 金額双方に争なし

(四)、更正所得額        三九、二一九、六〇二円

((二)+(三)の額)

四、原告主張の審査裁決は違法であるか否かについて判断する。

(1)、まず、原告は被告局長もまた本件交換の実情を誤解し法人税法施行規則の解釈を誤るという被告署長と同一の違法を犯し更正処分を認容した違法がある旨の主張をするようであるが、行政事件訴訟法第一〇条によると、原処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては原処分の違法を理由として取消しを求めることはできないこととなつているところ、原告の主張するところは、要するに原処分取消の理由として主張すべきものであり、またそれで足るものであつて、審査裁決の取消の理由として主張すべき審査裁決の固有の違法に当らないから、審査裁決取消の理由としてはそれ自体理由のないところである。

(2)、原告は審査裁決には理由の附記を要するところ本件裁決の理由は不備であつて理由を附したことにならないと主張する。

弁論の全趣旨によれば、原告が被告局長に宛てた審査請求理由書中の不服の事由は「A物件とB物件との交換取引には一切の金銭援受なく、又取得資産(B物件)は譲渡資産(A物件)と同一の用途に使用しておりこの取引により所得は生じていない。」旨であることが窺われる。これは要するに被告署長において原告の圧縮記帳分三五、三一一、五五一円の圧縮記帳を否認したことに対して圧縮記帳の許される法人税法施行規則第一三条の六に該当することを強調することが不服の事由とする主眼点であることが明らかである。これに対する審査裁決に附記された理由は原告の主張するところによれば、「請求法人(原告をさす)申立の交換は交換のために取得したと認められる資産を交換により取得したものである。従つて法人税法施行規則第一三条の六第一項の規定により交換により取得した資産の圧縮額の損金算入を否認した原処分は相当である。」というのである。これを原告の審査請求理由書の不服の事由の主眼点と対照して考察すると、原告が本件交換により取得した資産たるB物件は川上土地が交換のために九州採炭から取得したもので交換のために取得された資産と原告はその所有するA物件を交換してB物件を取得したものであるから規則第一三条の六に定める圧縮記帳の許される場合に該当しないことを示し、被告署長が圧縮記帳による損金算入を否認した更正処分を維持した理由を充分に明らかにしたものと認められる。するとこの附記された理由は原告の不服とする事由の主眼点については、その判断が、簡潔ではあるが具体的に明確に示されていたものというべきである。従つて本件審査裁決の理由附記としてはこの程度において行政不服審査法第四一条の求めるところを必要かつ充分に満たしており何ら違法の点はない。

五、以上の通りであるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石崎甚八 長谷喜仁 光辻敦馬)

(別紙目録省略)

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